劇的なV字回復に見えるものの資金ショートが見抜かれたケース

C社は工場の製品製造ラインを制作する年商5億円、経常利益2,500万円の株式会社である。
過去3期の推移は、売上高は3億円〜5億円で推移しているものの、経常利益は2,000万円〜500万円の赤字となっている。この赤字の原因として挙げられる最大のものは役員報酬であり、ここ3年間は年間2,400万円となっている。今回はこれを乗り越えて劇的なV字回復を果たしたようだ。

今回の借入目的は、現在受注している1,500万円の工事の原価先行資金1,000万円(返済回数60回)である。
原価先行資金を長期で手当てすることは資金繰り上問題がある。本来であれば工事完了後売上高の入金時に一括返済することで、一旦精算するのが正しい方法なのだ。
だからといって、それを理由に融資を断ることはない。返済可能であれば融資を実行するのが金融機関の基本スタンスである。

過去3期分の決算書を見比べると、一見順調に業績を伸ばしているかのように見える。売上高、経常利益共に増収増益であり、役員報酬もかなりの額を取れている。過去の借入金返済実績においても遅れなどは一度もなく、特に大きな問題点はなさそうに見える。
C社は、売上債権については20日〆、翌月20日現金回収であり、仕入債務は末〆、翌月末現金払いである。ここから売上代金が入金されてから支払代金の支払いをすれば良いことがわかる。利益さえきちんと確保できていれば、基本的に資金繰りに問題は生じないはずだ。


具体的な審査に入る。やはり気になるところは過去2年間の経常赤字が今期黒字転換した理由である。売上高の増加は要因の一つであるが、同時に見なければならない部分がある。売上総利益率である。これは売上高の中に粗利(売上総利益)がどの程度含まれているかの割合を示すもので、すべての利益の源泉となるものである。
同じ1億円の商品を販売しても、売上総利益率が60%の企業であれば粗利を6,000万円稼ぐことが出来るが、売上総利益率が40%の企業であれば4,000万円しか稼ぐことが出来ない。その差は実に2,000万円である。売上高を目標値としている企業は多いが、この粗利の落とし穴にはまって業績が悪化している企業は少なくないのだ。


C社の過去3年間の売上総利益率の推移を見てみると、39%→→→36%→→→31%となっている。年商を5億円としてこの売上総利益率の推移を考えると、粗利額は1億9,500万円→→→1億8,000万円→→→1億5,500万円となり、最大4,000万円もの差が出ていることがわかる。確かに売上高は順調に伸びてはいるものの、この4,000万円もの利益の減少はなぜ起こったのであろうか。
この理由はすぐに見つかった。外注費である。前々期5,000万円であった外注費が前期には8,000万円にまで増額していた。残りの1,000万円は材料費の増加分であった。


建設業や製造業において外注費が増額する理由はいくつかあるが、最も多いものがわが社のキャパシティを超えて受注しているケースだ。わが社内で賄いきれずに同業他社に委託するのである。わが社内であれば材料費や人件費などの原価負担だけで済むのだが、外部業者となるとその原価に利益が加算されるため、必然的に割高になる。その分を売上高に上乗せできればいいが、そんなことは出来るはずもない。結果として外部業者に支払うべき利益部分はわが社の利益から減額せざるを得なくなる。こうして売上総利益が減少するのだ。

C社における外注費増額の理由は別のところにあった。内部の人事がうまくいっていないために、やむなく外部業者に委託していたのだ。つまり人材教育に失敗していたのである。折角育てた新入社員がどんどん辞めていく傾向にあった。こうなると中長期的に売上総利益が減少していく可能性が出てくるため、注意が必要である。


すべての利益の源泉である売上総利益が減少し続けているにもかかわらず、なぜ最終期だけこれほどまでの利益が計上されているのであろうか。疑問は自ずとそちらに向く。しかしこのからくりは単純なものであった。
「雑収入1,250万円」
雑収入とは、その企業の正常な商いではない部分で収入が生じたことを意味する科目である。その内訳にこのようなものがあった。
「スクラップ売却益 1,000万円」
過去2年間の決算書にはこのような売却益は存在していない。貴金属であればまだしも鉄が中心となるスクラップで1,000万円もの売却益が計上されるためには、どれほどの量が必要となるか。仮にこれが本当であったとしても、来期以降経常的に生じるものではない。
またこのようなものもあった。
「保険解約益250万円」
恐らく節税保険に加入していたものを解約したのであろう。これも来期以降経常的に生じるものではない。
つまり経常利益2,000万円から1,250万円は除かれて、経常利益750万円として再計算されることになる。


資金繰り面は安定してきているのだろうか。
まず一つの判断材料として預金残高の推移がある。C社はこの2年間で預金残高が3,000万円減少している。つまり営業キャッシュフローが稼げなかったため、過去からの蓄財を取り崩してやりくりしてきたということになる。
このように一見好調に見えるものの、実は資金繰りが悪化しやすい経営体質であることがわかる。

さらには、C社社長は当初、不良債権化しているものは30万円の受取手形のみであると説明していた。これはいとも簡単に検証できるのだ。法人税の申告書には貸倒引当金の計算書がある。これをチェックしたところ750万円の売掛金の焦げ付きがあると書かれていた。
このようにして経営者のウソも簡単に見つかってしまうのである。


材料が出そろったところで最後の審議に入る。
結論は可決。
今期の黒字化は、売上高が大幅に増加したため、多額の外注費を費やしてもなんとか黒字化できたというのが本当のところだと考えられる。今期の決算内容では非経常的な利益が1,250万円あったものの、それを差し引いても750万円の黒字化は果たしている。このまま売上が維持出来れば何とか持ち直せると思われる。
期末には2,700万円ほどの売掛残高があるため、回収サイトを考えた場合不良債権分を除いても毎月2,000万円の入金はあるはず。逆に支払を見たところでは、借入金の返済を含めても毎月2,000万円の支払いは必要なさそうに見える。
ここから何とか資金繰りはギリギリではあるが回っていきそうに見える。
また無担保の土地があるので回収可能性は担保されており、当面は倒産する危険性も少なそうに判断される。正直な話、この土地がなければ否決されていた可能性が高いことを書き加えておく。


金融機関が企業に運転資金を融資する場合、その判断基準の一つに「その資金投下によって経営が改善されるかどうか」がある。今回のC社のように改善が見込める場合には、他に不安材料があったとしても実行されることはよくある。逆に改善される見込がないと判断された場合は、いかに少額であろうと実行されることはないのだ。


ここで一つ種明かしをすると、かなりの割合でプレゼン能力が問われるのが融資審査である。
融資審査会議の場でプレゼンをするのはあなた自身ではない。融資担当者なのだ。言ってしまうとこの融資担当者のプレゼン能力次第ということになるのだが、プレゼンする材料を提供するのは経営者である。通り一辺倒の「過去2期分の決算書、直近の試算表」だけを提出するのと、それに加えて「この先1年間の資金繰り予定表、今期の経営計画書とその進捗状況、今後の売上見通しとその根拠」などを揃えるのとでは、当然ながらプレゼン内容が変わってくる。
そして最も大切なことは、融資担当者に「この社長にはがんばってほしい」と思わせることなのだ。人は自分が心底応援したいと思った人であれば、何かあったときには限界まで援助するものである。
「銀行なんかカネ貸屋だ」などと嘯いて担当者と人間関係を構築しない経営者が多いようだが、これは大きな間違いなのだ。

(注)ストーリーそのものは架空であり、事業者も特定できないようにしています。ただ各回でポイントとなっている部分は事実であり、実際に審査会議で問題となった部分です。